門松~悠久の歴史と飾り方3つのルール~

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一年の厄を払い、おめでたい一年をお迎えするために、日本古来より受け継がれてきたお正月飾り。

その中でもとくに有名な「門松」。

門松の由来や飾る時期について、「あの形にはどんな意味があるの?」、「いつ頃から飾るんだろう?」、「処分の方法は?」といった疑問を持たれている方も多いのではないではないでしょうか。

ここでは、「門松」について、由来や飾りの意味、飾る時期から処分方法までをわかりやすくお伝えします。

この記事を読むと、日本文化の伝統や歴史に詳しくなり、今までとは違った門松の見かた・味わい方を楽しむ事ができるようになります。

きっと、日本文化の素晴らしさを改めて実感できることでしょう。

尚、門松の由来は長いので、飾る時期や処分方法だけを知りたい方は、「3.門松を飾る時期」から読み進めてください。

1.門松の由来

2.門松の構成と材料にまつわる由来

3.門松を飾る時期と仕舞う時期

4. 地域ごとの門松

5. まとめ

1. 門松の由来

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門松と言えば誰もが知る、お正月の飾り物です。

「飾り松」「立て松」などの呼び名もあります。

縁起物として慶ばれ、地域やその時代に合わせて形を変えながらも、基本を崩すことなく脈々と受け継がれており、そのルーツを知ることは日本文化を知ることにもつながります。

1-1.門松という名前の由来

その名は、読んで字のごとく、家の門口に松を立てることから「門松」と呼ばれるようになりました。

元々お正月とは、万事の始まりと言う意味合いがあり、お正月になると「年神様」と呼ばれる神様が訪れて幸福をもたらす。と言われていました。

太い竹を3本束ね、根元に若松の枝を差し、梅を添えた、「門松」は年神様を迎え入れる為に家の門口に飾られるようになりました。

1-2.門松の始まり

門松の始まりは平安時代からといわれています。

もともと門松は生命力・不老長寿・繁栄の象徴とされていた松の木を、「子(ね)の日の※小松引き」といって、正月初めの「子の日」に野山の小松を引き抜いて、長寿を願う貴族たちの行事を元に、平安時代の末から鎌倉時代にかけて広がったと言われています。

※こまつひき【小松引き】…とは平安時代,正月最初の子(ね)の日に,野山に出かけ小松を引き抜いて長寿を願う遊びのことです。(世界大百科事典内の小松引きより)

その当時の様子を描いた絵が残っています。

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平安の貴族たちは正月のはじめの子(ね)の日に、北野や船岡山など郊外の野辺に出かけ、自然の生命力といわれる小松を根ごと掘りとってきて、千代(ちよ)を祝い、摘み取った若菜を料理の食材に加え、皆で長寿を願い、和歌を詠むという宴を催していました。

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上の画像は,平安時代末期 「年中行事絵巻」に描かれている門松です。

この時期になると正月に家の門の前に松を一対ではなく、一本立てて年神様に長寿・五穀豊穣(米の豊作)を祈願するという習慣となって根付いていきました。

この時代の「門」とは家の出入り口ではなく、建物の前の庭の真ん中、つまり洗濯物を干すようなスペースを「門」と呼んでいました。

「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」 一休和尚(1394~1481)

などのような句も詠まれており、門松が当時の人々にも特別な物であったことがうかがい知れます。

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次は,戦国時代に制作されたといわれる「上杉本 洛中洛外図」に描かれている門松です。
家々の前には一文字の※注連縄(しめなわ)も張ってあります。

※注連縄(しめなわ)…しめ縄とは、稲わらを綯(な)って作られた縄を張ることで、その区画が神聖な場所であることを示すもの。

しめ縄を張ることで、不浄なものが外から入らないようにする役目も果たすといわれています。

お正月以外でも、神社でよく見かけられ、お祭りや能舞台などでも見かけます。

しめ飾りとは、しめ縄を本体として、それに年神様に奉納するためのお飾りをつけたものです。

特に正月に家々の入り口に掛けるしめ飾りは、門松と同様に各家々に訪れる年神様をお迎えするにあたり、清浄な場所であることを示すためのものでした。

江戸時代になり都市部では、「松は千年、竹は万年を契るめでたいもの年の初めの祝い事」として考えられるようになり、大名屋敷などには巨大な門松が飾られていたようです。

また、この頃から日本に竹が普及し、門松にも竹が使われるようになりました。
同時にこの頃から、家の出入り口(門)の、左右に門松を配置し、「対」にするという習慣ができたようです。

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画像は元旦諸侯登城の図絵。

大きな屋敷の前を江戸城に登城する大名行列が行く。大名屋敷に大きな門松が立っているのが目立ちます。

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このように門松は時代と共に進化を遂げ、迎春飾りとして古い歴史と共に日本に根付いていきました。

また、年神様が宿ると思われてきた常盤木の中でも、松は神を「待つ」、神を「祀る」の意と、常緑であることからマトノキ「真常木」、久しきを「待つ」、「保つ」の意味もあります。
毎年正月に各家にやってくる年神様が宿る安息所であり、また、神霊が下界に降りてくるときの目標物とも考えられていました。

この年神様は、別名を「お正月さま」、「若年さま」、「歳徳神」とも呼ばれ、昔は白髪の福相の老人だと考えられていました。

今でも、若者が白髪の老人に扮して、大晦日の夜、家々をまわって子供達を訪れ、お年玉として餅を与える風習の残っている地方もあるそうだとか。

こうして元日から松を片付けるまでの期間を「松の内(まつのうち)」と呼ぶようになりました。

2.門松の構成と材料にまつわる由来

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門松の構成は松・竹・梅が基本です。

現代においては様々なアレンジの効いた門松も流通していますが、松と共に長寿の象徴である竹と、寒い時期にも花を咲かす梅を組み合わせ「松・竹・梅」の形を成している門松が、伝統のある一般的な門松の構成であると言えます。

2-1.それぞれの飾りの意味

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地方によって様々な門松がありますが、それぞれに意味があります。

容姿は違えど、使用されている材料はほぼ同じです。

それぞれの材料にはおめでたい意味が込められていますので、一つずつ紹介していきます。

2-1-1.松の由来

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松は一年中葉を落とさない常緑樹としても知られており、「永遠の命」を意味するとも言われています。
古代より、年神様が宿る神聖な木として、長寿のシンボルとなっていました。
門松で使用される松は写真上の黒松(雄松(おまつ))が一般的です。

黒松の枝の中でも若々し1m~1.5m程度の“若松”が良く好まれています。

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若松は生長感をはらんだ若々しさと、生気のみなぎった端正さが慶ばれて、お正月の花にも用いられます。

その他にも以下のような迎春飾りに活け込まれる松があります。

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左上から順に、盆栽で好まれる五葉松。少ない葉で年数を感じさせる三光松。葉が長く迫力ある大王松。びっしりと苔の生えた姿の苔松。丸型に葉が付き可愛らしいピンポン松。葉色の美しい虹の目松。などたくさんの品種の松があります。

門松以外にも、生け花の迎春飾りでもよく使われています。

2-1-2.竹の由来

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竹は、とても生長が早く2・3日で身の丈程になり、真っ直ぐ上に伸びることから、生命力を象徴しているとされています。
また、長寿であることから、長寿、繁栄の象徴ともされています。

門松では、一般的に以下の写真の2種類、真竹(マダケ)・孟宗竹(モウソウチク)が使われています。

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写真(左)が真竹で、孟宗竹に比べ軽量で肉薄、艶があり磨くと青々と輝きます。真竹の生産は歴史的に竹工芸が盛んな九州の大分県が有名です。

写真(右)は孟宗竹。日本中で採れますが、竹伐り業者の減少により年々入手しづらくなっています。真竹に比べ、趣のある色合いをしています。

孟宗竹の名前は、冬に母の為に寒中筍を掘り採った三国時代の呉の人物、「孟宗」の名に由来します。

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また、竹は成長する過程の中で上の写真のような節目を作りながら成長します。

節目を作って伸びるため、竹は強風で折れることなく、しなやかにまっすぐ天に向かって生長していきます。その姿は人生の節目(七五三・成人など)にもたとえられ、人生の節目を苦しい思いをしながら乗り越えていくことで、強くたくましく、しなやかな人になれることから、竹の様に生きよという言葉があります。

困難を恐れず節目を作っていきたいものですね。

2-1-3.梅の由来

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梅は寒さに強く、年の中で最も早く花が咲く開花樹です。

新春・一年の始まりを意味するとして、古代より日本人に親しまれ、実を付けることで大変縁起の良いものとされてきました。
また、正月では、めでたい紅白色の紅梅や白梅を用いられることが一般的です。

実際門松には、梅の枝を使用することが多いのですが松の内には梅の花は咲かないため、造花を使用することもあります。

2-1-4.南天(ナンテン)

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南天は、ナンテン(難転)「難を転ずる」に通じる縁起物として、正月飾りなどに用いられるようになりました。
また、南天の他に「千両(下写真)」が使われることもあり、こちらは子孫繁栄やの象徴とされています。

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2-1-5.葉牡丹

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葉牡丹は、花の少ない晩秋から冬にかけて鮮やかな葉の色で楽しませてくれる、冬花壇の代表的な草花で、幾重にも重なり合う葉が、「吉事を重なる」とされて、古くは江戸時代から楽しまれてきました。

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他にも丸葉やちりめん、切れ葉系、切り花用と様々なタイプがあり、美しく色づき幾重にも重なった葉は、まさに“ボタン(牡丹)”そのもので、 本来は赤と白のものを用い紅白でめでたい物として、正月の門松の飾り物として用いられてきました。

2-2.松竹梅の由来

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慶事・吉祥のシンボルとして「松・竹・梅」の三点を組み合わせは、日本では祝い事の席で謡われ、引出物などの意匠にも使われるなど、「目出度い」の代名詞的な存在・象徴となっています。

その歴史は中国にあり、宋代より始まった中国の文人画で好まれる画題のひとつ、「歳寒三友(さいかんのさんゆう)」が元となっています。

この歳寒三友は、具体的に松・竹・梅を意味し、それが平安時代に日本に伝わったのが始まりとされ、これを日本では「松竹梅(しょうちくばい)」と呼んだのが、始まりと言われています。

松と竹は寒い冬でも色褪せず、また梅は寒中に花が開く。これは当時の日本人にとって「清廉潔白・節操」という、文人の理想を表現したものと認識したのでした。

2-3.竹の切り口の由来

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門松の竹の先端は斜めに切る場合と真横に切る場合とがあり、上の写真・左を「そぎ」写真・右を「寸胴」と呼びます。

「そぎ」は切る箇所によって切り口の形が変わり、 節のところで切ると,笑っているような切り口になります。

2-3-1.そぎの由来

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「そぎ」を最初に始めたのは徳川家康だと言われています。

元亀3年(1572)三方ヶ原の合戦において、武田信玄と徳川・織田連合軍が浜松市郊外の三方ヶ原台地で激突し、家康は生涯最大の敗北を喫しました。

武田軍2万5千に対して家康軍はわずか1万人足らず。家康も討ち死にを覚悟したとされ、家臣の夏目吉信が身代わりとなって敵をひきつけるなどしたおかげで、家康は浜松城に逃げ帰ることができたといいます。

この時家康は、竹を武田家の首に見立てて斜めに切り落とし「(三方ヶ原では大敗したが)次は斬る」との意味合いを込めたとされています。これが「そぎ」の由来です。

3. 門松を飾る時期と仕舞う時期

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続いては、「門松を飾る時期や仕舞い込む時期はいつがいいの?」と疑問に思っている方へ、はっきりとした時期をお伝えします。

実は、門松に関わらず正月飾りを飾って良いとされている期間や、飾るのに適さない時期など、いくつかルールがあります。

3-1.門松を飾る日

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門松の飾り初めは12月13日です。

門松とは、新年を迎えるにあたり、年神の依り代(よりしろ)として門に松を飾るもの。その松ケ枝を山からとってくる「松迎え」が「正月事始め」で、12月13日に行います。

ですから、それ以降はいつでも門松を設置してよいことになります。

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ところが近年クリスマスが一般化し、クリスマス以降に正月飾りをするのが普通になったため、12月26日が設置初めのところが多くなりました。

3-2.門松を飾ってはいけない日

門松は大晦日(12月31日)に設置するのは避けましょう。

門松は神様の依り代としてお飾りするものです。新年の前日にあわてて飾ったのでは、神様をないがしろにしているとされ、に設置することを「一夜飾り」「一日飾り」とよばれ、縁起が悪いとされています。

大晦日の設置はできる限り避けて下さい。

遅くとも前々日の12月30日には設置を完了するようにしましょう。

また、この他にも12月29日はゴロあわせで「9」が「苦」に通じるとして、12月29日の設置は、縁起が悪いとされています。「九松」とも言われます。

とはいえ、多忙極まる現代ではそううまくいかないことも多いでしょう。あくまで参考程度に考えられておいてください。

3-3.門松を片づける日

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門松をお飾りするのは、いわゆる正月「松の内」の間です。

この「松の内」が地方によって異なるのは面白いことです。

本来の「松の内」は1月15日の小正月までです。

関西地方では今でも15日まで門松をお飾りしています。 一方、関東では、江戸時代に幕府より正月を1月7日で切上げる御触れがでて、それ以来、関東地方では1月7日をもって松の内とする「松七日」とも言われる習慣が定着したようです。

その場合は6日の夕方や翌7日に片づける場合が多いようです。他にも地域によってさまざま習慣がありますので、門松を仕舞う日はお住まいの地域の習慣に合わせるようにするとよいでしょう。

38また、左義長(さぎちょう)と言われる、炊き上げをする儀式が地域によって存在します。それに合わせて仕舞うようにするのも良いでしょう左義長については、次項で詳しくご説明いたします。

3-4.門松の処分方法

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続いては門松を外してからの処分方法です。大きく分けて2との方法があります。

 1.神社に奉納する
 2.自分で処分する

3-4-1.神社で処分する

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門松を処分するにあたり、一般的方法が、神社で行われる※左義長(さぎちょう)と言われる儀式です。

上の写真は門松をお清めし、焚き上げを行う様子。

左義長は1月15日の小正月が多いですが、地域や神社によって日時が異なる為、また、左義長を行っていない地域もあるため、事前に、各自の地域でご確認されることをお勧めいたします。

※左義長(さぎちょう)…別名:ドンド焼き・サイト焼き・ ホッケンギョウなどとも言い、正月に行われる火祭りのことです。1月14日の夜や1月15日の朝に行われ、この行事は、縁起物を焼いて、天に帰すと意味と、同時に亡者供養のための火祭でもあります。

3-4-2.自分で処分する

神社に行く暇がない、お近くの神社で左義長を行っていない場合は「一般ゴミ」として処分することができます。
一般ごみとはいっても、やはり神聖なものです。細かく分解して、お塩でお浄めして手を合わせ、丁寧に模造紙や新聞紙に包んで、他の生活ゴミが入った袋とは別の袋に入れて出しましょう。

また、大きさによっては大型ゴミに分類されます。それぞれの地域のルールに従って分別して下さい。

4.地域ごとの門松

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ここからは地域ごとに異なる門松を見ていきましょう。関東と関西ではそれぞれ大きく特徴が分かれているようです。

4-1.関東風

関東風では3本の竹の足元に短く切った松活け込み、それを菰で包むという形が基本で、すっきりとしたデザインに仕上げたものが多いようです。また竹の切り口は「寸胴」です。(そぎ切りの所も存在します)

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4-2.関西風

関西では、3本の竹の足元に、長めの松を活けこみ、全面には、葉牡丹や笹など配し、足元を竹で蒔くと言うものが基本系です。迫力あるデザインに仕上げたものが多いように感じます。

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4-3.個性が光る門松

続いて、現代における、おしゃれで個性的なアレンジ門松、また古くからの伝統を守り、当時から姿を変えることのない門松・世界一大きい門松などを幾つかご紹介いたします。

いつも見かける門松とはちょっぴり違う様々な容姿の門松があり、見ているだけでも何だか楽しくなってしまいます。

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5.まとめ

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いかがでしたでしょうか。

毎年何気に見ていた門松も、深い歴史と意味があることを知ると、これまでとはまた違った見方ができるような気がします。

この記事をきっかけに、多くの方が日本文化の美しさを知ってもらうきっかけになれば幸いです。後世にも風化させずに伝えていきたいものですね。

皆様も新しい一年が素晴らしいものになりますように、心よりお祈り申し上げます。

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